育精の歴史アーカイブス
【育精の歴史 16】 キリンがいた思い出
この写真は再整備前の育精のホール棟です。大きなガラスケースの中には、キリンのはく製が飾られていました。いつ、どのような経過で寄付されたのかを示す資料は残っておらず、詳しいことは分かっていません。しかし1989年1月18日に行われた新年祝賀会の写真ではで、元気に過ごす子どもたちを見守っている姿が写っています。現在、ホール棟の再整備に伴い、残念ながらキリンの姿はなくなりました。それでも、そこで過ごした子どもたちにとって、キリンは大切な思い出として今も心に残っていることでしょう。
【育精の歴史 15】 玄関を彩る「甲斐の四季」
育精の正面玄関には、「甲斐の四季」と題したタイルアートがあります。山梨県美術協会元会長で画家の故・山田耕三さんの作品です。
富士山や八ヶ岳、桜や桃、ブドウ、稲穂など、山梨の豊かな四季が描かれ、子どもたちの近くには愛らしい甲斐犬の姿もあります。
眺めていると、山梨の豊かな自然と季節の移ろいを感じ、心が和みます。このタイルアートは平成12年(2000年)の再整備の際に設置され、今も育精の顔として訪れる人を温かく迎えてくれています。
【育精の歴史 14】 植村直己さんのサイン
育精福祉センターには、世界的冒険家・植村直己さんの直筆サインが大切に保管されています。植村直己さんは、1978年に犬ぞりによる単独行で北極点到達という日本人初の偉業を成し遂げ、その後、グリーンランドの単独縦断にも成功しました。世界から注目を集めた歴史的な冒険の直後に贈られた、大変貴重なサインです。
残念ながら、このサインがなぜ育精福祉センターに贈られたのか、その経過は現在のところ分かっていません。
しかし、このような貴重な資料が残されていることも、育精の長い歴史を物語っています。
【育精の歴史 13】 ひょうたんプールの思い出
昭和の育精にはひょうたんの形をした「ひょうたんプール」がありました。夏になると子供たちが楽しみにしていた思い出の場所です。写真は昭和47年7月14日のプール開きの様子です。神主さん(当時のT次長と思われます)によるお祓いのあと、準備体操をして、元気よくプールへ。みんなの笑い声が聞こえてきます。
時代が変わっても、子どもたちにとって夏のプールは特別な楽しみです。
このひょうたんプールは昭和56年に「社会福祉村屋外プール」が完成したことにより、その役目を終えました。現在は老朽化のため社会福祉村屋外プールは利用を中止していますが、令和10年度の利用再開に向けて修繕工事が進められています。再び利用者や子どもたちの笑顔があふれる場所となる日が楽しみです。
【育精の歴史12】 昭和54年6月22日発行「所内報」エネルギーの節約について
昭和54年6月22日発行のわら半紙に刷られた育精福祉センターの所内報(第12号)に「エネルギーの節約について」と題した記事が掲載されていました。イラン情勢の影響による石油不足に備え、「センター内のむだな電燈、換気扇、扇風機等は小まめに消してください」と、省エネルギーへの協力が呼びかけられています。所内報はおおむね月1回発行されて、他の号にも同様の記事が掲載されています。
約47年が経った令和8年の今も、イラン情勢は不安定な状況が続き、エネルギーを取りまく課題は続いています。当時の所内報を読むと、社会情勢が施設運営にも影響を与えていたことがわかります。



